n月刊ラムダノート「特集:計算とは何か」Vol.6, No.1(2026)
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計算機好きのための技術解説情報誌
- エヌゲッカンラムダノート(不定期刊行)
- 172ページ
- A5判
- 紙書籍は1色刷
- 2026年1月15日 第6巻第1号/通巻12号 発行
- ISBN:978-4-908686-23-8
- 正誤情報など
n月刊ラムダノートは、nヶ月ごとに刊行される、計算機好きのための技術解説情報誌。コンセプトは「いろんなIT系技術書から1章ずつ選んできた解説記事の集まり」です。今号は「計算とは何か」と題した特集号で、5本の記事をお届けします。
※紙書籍のみ、カバーを取るとダークモードの装丁をお楽しみいただけます。
#1 計算の2つのパラダイムシフトから自然計算へ(萩谷昌己)
論理回路では0か1の離散値を扱うが、論理ゲートを連続関数に拡張することでニューラルネットワークと同様に学習が可能になり、論理回路を生成したりプログラムを合成したりすることができる。この微分可能論理ゲートと呼ばれる手法は、「離散と連続」という計算パラダイムの対立軸における、人工知能研究がもたらしたパラダイムシフトと捉えられる。
人工知能研究によるパラダイムシフトは、大規模言語モデルによる自然言語処理という形で、「非形式と形式化(記号化と規則化)」という計算パラダイムの対立軸においても大きな影響がある。特に、非形式的な自然言語処理を形式化された数学に基づく定理証明系に応用する研究がいくつかある。
本稿では、これら2つの人工知能研究がもたらしたパラダイムシフトを概説しつつ、計算パラダイムのメタパラダイムともいえる「自然計算」との関連を考察する。
#2 可逆回路で探る可逆計算の世界(今井克暢)
NOTゲートは、出力から入力が一意に決まる「可逆」な論理ゲートである。しかし、NOTゲートだけでは任意の論理関数を構成できず、ANDかORが必要である。ANDやORは、いずれも1つの出力に対して3通りの入力がありうるので、「可逆」ではない。
実は、可逆な論理ゲートであって任意の論理関数を構成できるものがいくつか知られている。そうした可逆ゲートを用いることで、さまざまな可逆論理回路を構成する方法も考察されている。可逆論理回路は、可逆プログラミング言語の提案などと併せて、物理学におけるミクロな可逆性を反映した「可逆計算」という大きな分野を形成するに至っている。
本稿では、「可逆論理素子」と呼ばれるシンプルな部品を中心に、そこから自明でない論理回路を設計するための試みについて、可逆計算の源流から最先端の研究に至るさまざまな議論を紹介する。
#3 計算を抽象的に捉える ― タグレスファイナル法によるアプローチ(五十嵐淳)
プログラムを実行すると、通常は標準的な解釈のもとで結果が「計算」される。整数の演算を含むプログラムであれば、整数の演算として期待される計算結果が得られるだろう。しかし、まったく同じプログラムを、例えば「加減乗除による偶奇」という別の解釈のもとで「計算」することもできる。さらに、そうした具体的な解釈に依らずにプログラムを実行する機構を作ることも、抽象解釈と呼ばれる理論により可能である。
本稿では、抽象解釈器の実装例を2つ紹介する。 まずは「タグレスファイナル法」と呼ばれるプログラミング言語処理系の実装手法を紹介し、それによる実装例を見る。これにより、プログラムの構文定義を固定したままでコマンドの抽象解釈とデータの抽象解釈をそれぞれ独立に差し替えられることを示す。後半では、プログラムが「制約付きホーン節(CHC)」と呼ばれる論理式に関する方程式に変換できることを示し、これを通じて抽象解釈とCHCによるプログラム検証との関係を考察する。
#4 証明を「計算」する ― Cubical Agdaによるホモトピー型理論入門(上村太一)
一般には命題として扱われる「等しさ」だが、 これを命題ではなく「型」として定式化することにより、代数的トポロジーに由来する「ホモトピー」として解釈できるようになる。このホモトピー型理論(HoTT)を計算機上で実行できるプログラミング言語として、Cubical Agdaがある。
本稿では、Cubical Agdaのコードを参考にしながら、ホモトピー型理論の背景となる依存型理論、Univalence公理、高次帰納的型を概説する。そして「円周のループ空間が整数全体と同値である」という代数的トポロジーの初歩的な結果をCubical Agdaで構成し、実際に計算する例を見る。より高度な例として、「Brunerie数の計算」をめぐるホモトピー型理論の成果についても紹介する。
#5 社会を人間による計算として考える(西尾泰和)
社会の在り方は投票や市場を通して「計算」による影響を大きく受ける。特に近年では、従来のルールベースによる計算手法から重み付き和の計算手法へのパラダイムシフトが進み、それに伴って大規模言語モデルによるコミュニケーションコストの減少、多数の意見のベクトル化と可視化(ブロードリスニングなど)、熟議や協力を促す仕組みの社会への導入が現実的な選択肢になっている。大規模言語モデルだけでなく、Ethereumという形の「ワールドコンピュータ」による契約執行の自動化や予測市場、さらには単純な多数決に代わるQuadratic Votingのような意思決定アルゴリズムなどもまた、今後の社会を変えうる「計算」といえる。
本稿では、これら新しい「計算」が社会にもたらす変化を幅広く概観する。さらに、社会という計算における目的関数をどのように設計するべきかについて考察する。
執筆者紹介
萩谷昌己(#1)
東京大学名誉教授。現在、東京大学Beyond AI研究推進機構機構長、情報処理学会会長、放送大学客員教授。プログラミング言語やソフトウェア検証の研究に加えて、分子コンピューティングを中心に自然計算の研究を行ってきた。
今井克暢(#2)
福山大学工学部情報工学科。博士(工学)。学生時代から自分が興味を持っている分野が何なのか分からなかったが、就職して10年ほど経った後に、それが「自然計算」であったことに気づいた。特にセルオートマトンの研究に従事。
五十嵐 淳(#3)
京都大学大学院情報学研究科教授。博士(理学)。プログラミング言語の基礎理論、特に型システムやそのプログラム検証への応用に興味を持つ。一番手に馴染むプログラミング言語はOCaml。著書に『プログラミング in OCaml』(技術評論社)、『プログラミング言語の基礎概念』(サイエンス社)。
上村太一(#4)
ホモトピー型理論を中心に、型理論、圏論、高次元圏論を専門とする。アムステルダム大学で博士号を取得後、ストックホルム大学でのポスドクを経て、現在は名古屋大学特任助教。
西尾泰和(#5)
博士(理学)。2007年よりサイボウズ・ラボ、現在に至る。知的生産性の向上(手段)と文明の進歩(目的)に関心があり、プログラミング言語の進化の歴史を追う『コーディングを支える技術』や、知的生産をエンジニア視点で分析した『エンジニアの知的生産術』などの著書がある(いずれも技術評論社)。Audrey TangとGlen Weylらの著書 ``Plurality'' の寄稿者・編集者の一人であり、日本語化リーダー(邦訳版はサイボウズ式ブックス)。Pluralityの中で語られたブロードリスニングを人間の他者理解能力を増強する「知的生産性向上」と捉えており、この技術が地球文明の進歩につながる鍵だと考えている。
目次
本特集について
#1 計算の2つのパラダイムシフトから自然計算へ 萩谷昌己
1.1 離散か連続か:微分可能論理ゲート
1.2 形式言語か自然言語か:AlphaProof
1.3 2つのパラダイムシフトの共通点
1.4 おわりに
1.5 参考文献
#2 可逆回路で探る可逆計算の世界 今井克暢
2.1 可逆計算とは
2.2 可逆論理ゲート
2.3 可逆論理素子(RLEM)
2.4 まとめ
2.5 参考文献
#3 計算を抽象的に捉える ― タグレスファイナル法によるアプローチ 五十嵐淳
3.1 タグレスファイナル法入門
3.2 WHILE言語と標準インタプリタ
3.3 抽象解釈器
3.4 CHCソルバを使ったプログラム検証器
3.5 まとめ
3.6 参考文献
#4 証明を「計算」する ― 抽象数学をCubical Agdaで実行する 上村太一
4.1 依存型理論
4.2 ホモトピー型理論
4.3 命題と集合
4.4 円周のループ空間
4.5 Brunerie数
4.6 まとめ
4.7 参考文献
#5 社会を人間による計算として考える 西尾泰和
5.1 コンピュータの登場と計算力の平和的な利用
5.2 「計算の仕方」のパラダイムシフト
5.3 大規模言語モデル(LLM)の社会への影響
5.4 21世紀の社会を捉える3つのイデオロギー
5.5 資本主義とワールドコンピュータ
5.6 未来の社会は目的関数にかかっている
5.7 参考文献
索引